• 【告知】金澤倖学 ~ ずっと金沢で、男と女

    人生に対し、誠実な男女の家庭からは
    教養人が育っていく。
    それこそが、この街の未来に貢献する事業。

    これは『婚活』という手垢のついた既成概念を、
    『印象美』に変えていく、
    金沢発の新しい結婚支援プロジェクトです。

    ■ テーマ ■
    婚活から、倖学(こうがく)へ 
    結婚を学び、広い世界で恋をして、金沢で暮らそう。

    ※倖学(こうがく)とは、
    金沢から発信する新しい造語(商標登録出願中)
    人と人が調和しながら、
    主体的なしあわせをcreateする心技を学ぶこと

    ■  趣 旨  ■
    婚活イベントでの、カップル成立率を、
    事業の成果と考える、既存のセンスを、
    私たちは疑ってみたい。

    「 参加することが恥ずかしい 」を、
    「 参加することが誇らしい 」
    に変えていくために、

    古(いにしえ)の街ならではの、
    文化と歴史を背景に、

    『男と女』という普遍的関係性を調和させる、
    コミュニケーションというクラシックな技術を、

    知的教養心をくすぐる、
    エンターテイメント性をもった
    コンテンツで愉しみ、学ぶことができます。

    出会いの瞬間だけでなく、
    また、当事者たちだけでなく、

    人や街もふくめた長い時間軸での、
    あらゆるアクティヴィティーが、
    金沢市の“SensusCity(官能都市)”としての、
    印象づくりに貢献するものであってほしい。

    そんな理想を描き、婚活という言葉を
    『倖学(こうがく)』というコンセプトに
    進化させて、企画しました。

    従来の『出会いの場』を提供することが、
    この事業の目的ではなく、

    『男と女』が、自分と相手を尊重しあい、
    『2人主役の人生』を愉しみ、
    『生きること』を愛するための学びを、

    仲間同士、共有する場を金沢市が提供します。

    どこで出逢おうとも、
    人生に対し、誠実な男女の家庭からは
    教養人が育っていく。

    それこそが、金沢という街の未来に貢献する、
    新しい事業だと、私たちは考えます。

    ≪ 金澤倖学・ずっと金沢で、男と女 ≫ 

    ~ 30歳からの“2人主役”の人生学

    主 催:金沢市 (こども政策推進課)  
    企画運営:男と女プロジェクト実行委員会

    プロデューサー:小西 敦子
    平成29年度 かなざわ縁結び支援事業

  • ダンサー セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣

    才能の源泉は『切望感』なのか。

    彼の才能を開花させるため、
    父と祖母は海外に出稼ぎし、
    家族はバラバラに暮らしていた。

    彼は家族を一つにするために、
    英国ロイヤルバレエ団
    至上最年少のプリンシパルに
    上り詰めた。

    でも『切望感』はみたされず、
    その、ほとばしる『感情』を、
    本人さえもコントロールできない。

    『 何を成し得たか 』よりも、
    『 何を目的にしたか 』こそが、
    心の豊かさに関わる大切なこと。

    そして『満たされない表現者』とは、
    なんと美しく、人の心を打つのだろう。

    映画 ダンサー セルゲイ・ポルーニン
    世界一優雅な野獣

  • ゆるすということ

    こころが、悲しみや怒りで
    いっぱいになったとき、

    それを封じ込めようとすると、
    内側の感情は扉をドンドン叩き、

    心はその鼓動に疲れはて、
    乾いてパサパサになってしまう。

    そんな時に思いだしたい1ページ。

    ■ 過去のよいおこないを語る儀式 ■

    南アフリカのバベンバ族では、
    部族の誰かが不正を働いたり、
    無責任な行動をとったとき、
    村の真ん中に、
    一人で座らねばなりません。

    もちろん、逃げられないような
    手だてが講じられます。

    村人はみんな仕事をやめ、
    集まって輪になり、
    その人を囲みます。

    それから、子どもを含めた全員が
    一人ひとり、その人が過去にした
    よいことについて話しはじめます。

    その人について
    思い出せることすべてが、
    詳しく語られます。

    その人の長所、
    善行、親切な行為などすべてのことを
    輪になった一人ひとりが詳しく語るのです。

    村人たちは、
    これ以上ないほどの誠実さと
    愛を込めて話します。

    誇張もでっち上げもゆるされません。
    不誠実な態度や、
    皮肉な態度をとる人もいません。

    その人を共同体のメンバーとして、
    いかに尊敬しているか村人全員が
    話し終えるまで、この儀式は続きます。

    それは数日間に及ぶこともあります。

    最後に輪が崩されると、
    その人を部族に再び迎え入れる
    お祝いが始まります。

    この儀式が、
    美しく伝えているように、
    愛を中心に考えれば、
    ただ一体感を取り戻すことと、
    ゆるしがあるだけです。