ふらり寄り道~西田幾多郎哲学記念館
かほく市まで打ち合わせにきたので、
大好きな場所に、ふらり寄り道。
ゆっくり常設展示室を閲覧し、
西田幾多郎の生涯を紹介するビデオも、
西田幾多郎の生涯を紹介するビデオも、
全編観覧。
しかもビデオのナレーターを後追いしながら、
一緒にナレーションすること20分余り。
自宅並みの気持ちの入り込みぶりで、
不審者感満載のわたし(苦笑)
西田幾多郎という人の、
病苦、両親の離散、我が子との死別など、
不遇な人生の歩みを知ると、
【 哲学の動機は、「驚き」ではなくして、
深い人生の「悲哀」でなくてはならない 】
深い人生の「悲哀」でなくてはならない 】
という言葉に、より一層の重みを感じました。
また、よき教育者だった西田幾多郎は、
手紙をよく書くひとだったそうで、
手紙をよく書くひとだったそうで、
たくさんの書簡の展示から、
生きたその人の、人となりが滲んでいました。
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わたしの生涯は極めて簡単なものであった。
その前半は黒板を前にして坐し、
その後半は黒板を後ろにして立った。
黒板に向かって一回転をなしたといえば、
それで私の伝記は尽きるのである。
その前半は黒板を前にして坐し、
その後半は黒板を後ろにして立った。
黒板に向かって一回転をなしたといえば、
それで私の伝記は尽きるのである。
~続思索と体験より~
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まことに「知ることを愛する」人物だったのだと、
この言葉からも感じ入ります。