ことばによる薫陶(くんとう) ~長田 弘

■ ことばによる薫陶(くんとう) ■

世界はうつくしいと ~ 詩人・長田 弘

うつくしいものの話をしよう。

いつからだろう。
ふと気がつくと、
うつくしいということばを、
ためらわず口にすることを、
誰もしなくなった。

そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。

うつくしいものをうつくしいと言おう。

風の匂いはうつくしいと。

渓谷の石を伝わってゆく流れはうつくしいと。

午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。

遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。

きらめく川辺の光りはうつくしいと。

おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。

行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。

花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。

雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。

太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。

冬がくるまえの、曇り日の、南天の、

小さな朱い実はうつくしいと。

コムラサキの、

実のむらさきはうつくしいと。

過ぎてゆく季節はうつくしいと。

きれいに老いてゆく人の姿はうつくしいと。

一体、ニュースとよばれる日々の破片が、

わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。

あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。

うつくしいものをうつくしいと言おう。

幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。

シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。

何ひとつ永遠なんてなく、

いつかすべて塵にかえるのだから、
世界はうつくしいと。

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